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アウディについて
創業者はアウグスト・ホルヒ(August Horch 、1868-1951年)。自動車史の黎明期にベンツ社で工場長を務めた後に独立、ホルヒ社を設立し、1901年から自動車生産を開始したが、当時としては高性能・高品質の自動車を送り出して名声を得る。
しかしアウグスト・ホルヒは、良質の車を作ることに拘って経営面への配慮を欠くきらいがあり、1909年には経営陣から追放を受けた。速やかに自力で別のホルヒ社を設立、自動車生産を開始したが、元のホルヒ社の抗議によって、同一社名・車名を使うことを差し止められる。
この結果、アウグスト・ホルヒは1910年に自社の社名・車名を「ホルヒ」から「アウディ」に変更。アウディとはラテン語の「聞く(Listen(英))」という意味で、ホルヒのドイツ語訳と同義である。アウディは、2612cc(2.6L)4気筒のモデルからスタートし、3564cc(3.6L)、4680cc(4.7L)、5720cc(5.7L)となっていく。これらは人気を得、スポーツイベントでも活躍した。アウグスト・ホルヒは1920年にアウディを去る。初の6気筒モデルは1924年の 4655cc(4.7L) だった。1928年、アウディはDKWのオーナーだったイェルゲン・スカフテ・ラスムッセンに買収される。同年、ラスムッセンは米国のリッケンバッカー自動車の生産設備を購入、この設備は1929年から生産された高級モデル、ツヴィッカウ(Audi Zwickau)とドレスデン(Audi Dresden)で使われ、またこれらにはリッケンバッカーのエンジンを搭載した。他に、プジョーからライセンスした4気筒エンジンを搭載したモデルも生産された。この時期のアウディ車は特殊なボディワークがなされた高級車だった。
第一次世界大戦後の不況の中、ドイツ自動車市場にはアメリカ大手自動車メーカーが大挙して進出し、既存の国内メーカーを脅かしていた。これに対抗するため、1932年にザクセン州に本拠を置く中堅メーカーであったDKW、アウディ、ホルヒ、ヴァンダラーの4社が合同し、新たにアウトウニオン(自動車連合)を結成した。「アウディ」ブランドのモデルは同社の中級〜高級クラスの車種として存続するが、第二次世界大戦勃発で製造中止される。
アウトウニオンは、第二次世界大戦の戦禍とその敗戦後のソ連によるザクセンの工場接収という壊滅的なダメージから逃れ、西ドイツのインゴルシュタットを新天地として再出発した。部品やバイク、バンの生産を経て、「アウトウニオン」及び「DKW」ブランドで乗用車の生産を再開した。1956年から1964年まではダイムラー・ベンツの支配下にあり、1964年以降はフォルクスワーゲンの傘下となっている。
その直後1965年に「アウディ」ブランドの乗用車生産が再開され、前輪駆動の堅実な中級セダンを主軸とする形で80・super90・100などモデルのラインナップを広げた。1969年には、ロータリーエンジンの開発で知られたNSU社を併合、アウディNSUアウトウニオン社となる。以降は80や100シリーズなどのヒット作を世に送り出しフォルクスワーゲン・グループの中〜上級クラスを担うブランドとして発展した。1985年に社名をアウディ社に変更した。
1980年代には乗用車用四輪駆動システムの「クワトロ」を開発、WRCで大きな成功を収め、以後ラリーにおける4輪駆動車の優位性を決定的にした。
1986年には、今では鉄の防錆に欠かせない亜鉛めっきを量産車として世界初採用し、車体の耐久性・持続性を向上させた。後に他の自動車メーカーも追随した。
フォルクスワーゲン社のゴルフはアウディが開発を手がけた車である。1970年代、ビートルの後続車の開発がなかなか進まないフォルクスワーゲン社にアウディの社長だったルドルフ・ライディングが移籍し、当時フォルクスワーゲンがビートルの後続モデルとして設計していたミッドシップの4ドアセダン試作車266を設計図を見たとたんに開発中止を命じ、元職場で計画中だったFF車を急遽代案として採用した(「ぼくの日本自動車史」徳大寺有恒/草思社より)。
* 技術分野ではクラッチを2つの構造としたセミオートマチックトランスミッションのDSG(アウディではS-トロニックと称している)を採用している。DSGはグループ企業のフォルクスワーゲンなどにも利用されているが、「今のところ、最も理想的なトランスミッション」と言われている。
* ランボルギーニ・ガヤルドの開発に技術などを提供している。
* 2005年はクワトロ生誕25周年で、2月にクワトロ生誕25周年記念行事「クワトロナイト」が開催され、SUVコンセプトモデル「パイクスピーク・クワトロ」の市販版であるQ7を披露し、RS4が雪坂道を登るというパフォーマンスが披露された。
* R8でル・マン24時間レースに挑戦し、好成績をおさめている。2006年はディーゼルエンジンを搭載したR10で出場し、優勝。(2008年現在3連覇中)
* グリルの意匠は、逆台形から上下二段の「ダブル」、そしてそれをまとめた「シングルフレーム」へと変化してきており、現在では「シングルフレームグリル」がアウディのアイデンティティーとなっている。
* 2008年、自動車メーカー各社が大幅に新車の販売台数を減ずる中、アウディはA4をベースとしたコンパクトSUVのQ5 TDI(コモンレールディ−ゼル)が牽引役となり、前年比4%増の100万3400台を記録し、創業以来初の100万台超えを達成している[3]。
* 今後はボトムレンジを担うA1、A5、A7、ステッペンウルフの市販版でA3ベースのQ3などが2010年前後までにデビューするといわれており、2005年10月19日、東京モーターショーでのプレス・ブリーフィングでは、アウディAGのマルティン・ビンターコーン会長も、「これからの3年間で、さらに6つの新しいプロダクツを販売していく」と明言している。