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スズキについて

スズキ株式会社(英文名Suzuki Motor Corporation)は、日本の四輪車、二輪車メーカー。

現在の本社所在地は静岡県浜松市南区高塚町300であるが、かつて行政区域が浜名郡可美村に属していたことから、各種広報での住所表記は「浜松市外高塚」と記していた。1991年5月1日に同村が浜松市に編入合併され、村自体は消滅したが、本社の所在地は当時の所在地と同じである。

四輪車は軽自動車が主力だが、小型、普通車とも、躍進が著しい。自動車以外ではモーターサイクル、モーターボート、船外機、発電機、住宅、ワイン、はちみつの販売なども手がける。

軽自動車では世界トップシェアを持ち、1973年〜2006年まで34年間連続で国内No.1であるとともに、日産自動車やマツダへもOEM供給を行っている。しかし、社団法人全国軽自動車協会連合会の発表した2006年度(2006年4月〜2007年3月)軽四輪車新車販売台数速報[1]によれば、長年競い合ってきたダイハツ工業(61万6206台)に1位の座を譲り、2位(60万5486台)となった。スズキ自動車は2006年にスイフトやSX4などの小型車の強化を表明しており、生産能力確保の為には軽No.1にはもはやこだわらず、軽生産の縮小も辞さないという姿勢を打ち出している。

2002年にインド政府との合弁会社マルチ・ウドヨグ(現・マルチ・スズキ・インディア)を子会社化し、連結経常利益の4割を占める。また、インドにおける自動車シェアの(年間販売シェアのうち)54%はスズキが占めている。

メーカー出資の子会社ディーラーは「スズキ自販○○」という社名になっているケースがほとんどである。

OEM供給をしている日産自動車との提携を開始し、2002年4月MRワゴンを日産「モコ」、2007年1月よりアルトを日産「ピノ」として供給。その一方で日産セレナをスズキ「ランディ」として供給を受けている。また、北米市場においては2008年末から日産・フロンティアをイクエーターとしてOEM供給を受けて発売されている。

なお、同じ浜松市に本社を置く鈴木楽器製作所とは資本・人材を含めて関連は一切ない。同じ浜松に拠点を持つ企業同士としての交流はあるが、それだけのことで、ヤマハ株式会社とヤマハ発動機株式会社のそれとは異なる。

1981年8月にはゼネラルモーターズ(GM)と提携を開始し、カルタスやエスクードを北米ではシボレーやジオブランドでOEM供給したことがあった。

1988年から日本においてシボレーやポンティアックの輸入を開始し、1993年まで続いた。2003年〜2006年には再びシボレー車の輸入を行っていた。

スズキは同じゼネラルモーターズ(GM)グループのスバルやいすゞと、部品の共通化などをすすめていたが、GMは2005年にスバル株、2006年にいすゞ株をトヨタ自動車に売却した。 2006年になって、GMが財務体質の悪化から保有していたスズキの株式20%のうち17%を売却し、それをスズキが自己資金で買い戻した。さらにGMの急激な業績悪化と世界金融危機による資金繰りの悪化により、2008年11月17日付けで保有していた残り3%(1641万株)のスズキ株を223億円で売却しスズキが自己資金でそれを買い戻した。(これにより、日本からGMの資本はすべて引き上げられ、GMグループ企業はなくなった。)ただしGMとの提携関係は以降も継続するとし、今後の新型車に搭載するハイブリッドエンジンを共同開発する方針。

「人と同じ事はやらない。やるなら世界一を目指すのがスズキ」の企業風土がある。 以下に具体的な例をあげる。

二輪車の分野では1980年代に爆発的な人気となったレーサーレプリカの第1号としてRG250ガンマ(2サイクル)を発売した。

50ccのレーサーミニとしてGAG(4サイクル)を発売した(ジョーク・バイクとして発売されたGAGの後追いとして他社から出たものは残念ながら完全な「レーサーミニレプリカ」として発売されたため、レーサーミニの第1号であるGAGは短命に終わる)。

今日、特に欧州で人気の400ccや650ccのビッグスクーターの第一号もスズキによって発売された。それ以前にも250ccのスクーターはホンダなどにより既に発売されていたが、それはあくまで(高速道路も走る事ができる、50ccや125ccの標準的な排気量のスクーターから見れば)「巨大化したスクーター」としてのみ認知されていた。それをスクーターとしては異例な400ccの大排気量エンジンを搭載し、さらに巨大な650cc(スクーターとしては、発売当時世界最大の排気量であった)というエンジンを載せてビッグスクーター=プレミアム・スクーター(高価格ではあるが、四輪車の十分な代用となり高性能である、といったような複合的要素)という図式を作り上げた。これによりビッグ・スクーターは上記の80年代のレーサーレプリカと同じように人気となる。

馬力競争にも積極的に参加し、スズキの車種の出力が後の業界自主規制値の発端となった例も多い。例として、二輪車250ccクラスの45馬力(RG250ガンマ)、同400ccクラスの59馬力(GSX-R)、軽自動車の64馬力(アルト・ワークス)が挙げられる。

その一方でジムニーやキャリィの各2サイクルエンジンを1980年代中半頃まで使用し続けたり、Keiおよびソリオ(旧・ワゴンR+ → ワゴンRソリオ)はそれぞれ登場から10年以上経過した車種でありながら改良を重ねつつ生産・発売し続けたり、ワゴンRは3代続いてキープコンセプトであるなど、案外保守的な面もある。しかし、初代ワゴンRのスタイルが登場したその軽トールワゴンというコンセプトは当時は非常に革新的で、軽トールワゴンという新たなジャンルを開拓した。